「美術館のような家」と、暮らしの意志 — ゆち

2026-09-03INTERVIEW

長野県諏訪郡原村。

八ヶ岳の麓の森を切り開いた土地に、美術館のような家を建てて暮らす人がいます。
その人、ゆちさんは、10年前に「無印良品の家」を兵庫県の郊外に建て、その家づくりと日々の記録をブログやInstagramで発信し、著書にもまとめてきた方です。気に入っていたはずのその家を離れ、家族で長野へ移住してきたのです。

その過程では、転職、家づくり、義母との同居、そして自宅の一部を開いた「犬と泊まれる宿」の運営など、ひとつずつ丁寧に考え抜き、暮らしを作り上げてきました。たくさんの暮らしに関する意思決定を、妥協なく選び続けるゆちさんの"暮らし観"を伺いました。

森に建つ「美術館のような家」

まず、このご自宅について伺わせてください。入口側は屋根に玄関ドアだけが開いている不思議な見た目でしたが、中に入ると窓が大きくとても開放的で驚きました。

「美術館のような家」をテーマに設計してもらいました。
家を建てるのは二回目なのですが、ここ長野に移住してまた家を建てるなら、非日常的な場にしたいと考え、「美術館」というテーマが出てきました。普通じゃない家を建てたかったんです(笑)。

正面
庭側

とくに大切にしたのが、開放感です。森を切り開いたこの土地を全面に感じられるよう、窓の多い家にしてもらいました。ただ開放的でありつつ、プライベートも保てる家でもあります。

また、民泊や義理の母との同居も当初から視野に入れていたので、多様な暮らし方を受け止められるようにもなっています。

左右に長く、奥行きは薄い形も特徴的です。

民泊と母屋を分けたかったので、入口から左右に動線が分かれる形状になりました。これは入り口を共通にすることでコストを抑える意味合いもありますし、扉を全部開けると大きな一空間になるので、民泊をしていないときは開放的にも使えるメリットもあります。

左:玄関から民泊部分をみたもの/右:玄関から住居部分をみたもの

あとは予算の都合と建築家の方が「無駄に広い部屋はいらない」という考え方だったことも影響しています。前の家は1階が全部広々としたリビングで、それが当たり前という先入観がありましたが、無駄なスペースをもったいないと感じていた部分もありました。

対して今回のリビングは6畳ほど。建てる前は心配もありましたが、住んでみるとよく考えられていて効率的なこともあり、狭く感じることもなくよかったと思います。

森を切り開いたという通り、庭が森ですね。

森の中にある家にしたかったので、作り込まず、少し手入れをするくらいで維持していますね。子どもたちとは、毎日のように庭を探検しています。きのこや見たことのない花などを子どもと一緒に「これなんだろう」と調べたり。子どもたちはカブトムシやカエルを捕まえたり。公園でやることをやっている感覚です。最近は、1歳の息子も歩くようになったので、裸足で芝生の上で自由に遊ばせたりもしています。

こちらに来て、お子さんの変化を感じることはありますか。

外で遊ぶことが好きになりました。兵庫にいるときは虫が苦手だったんですが、こちらに来たら楽しくなって、捕まえてきたり、自主的に関わるようになりましたね。

また、前は子どもを保育園に迎えに行くと、家に入って、ご飯を食べさせて寝るだけの日々でした。それが今は、庭でも遊べるし家事をしながら見られるので、安心して、のびのび育てられている感覚があります。

「仕方ない」で終わらせない

ゆちさんは10年前に「無印良品の家」を建て、その過程は著書にもまとめています。こだわりの家があったにもかかわらず、なぜ新たな家を建てられたのでしょうか?

きっかけはコロナ禍です。10年前に建てた家は自然を感じられるところを選んで兵庫の郊外に建てたものでした。当時は周囲にほとんど家がなく開放感のある暮らしを楽しめていたんですが、コロナ禍で郊外が人気になり周りにどんどん家が建ってしまったんです。

しかも、うちの区画は周囲で一番大きく、南側を大きな庭にしていたので、結果的にわが家の庭のほうへ開けたかたちで家が建ち並んでいって。うちはお庭に出たり大開口の窓を開けづらくなってしまいました。

それも当初は仕方ないと思ったんですが、「ずっと住む家だから何とかしたい」と夫と話し合い、最終的に新しい家を建てようと考えたんです。

周囲の環境が変わってしまったのですね。ですがなぜ、その新居を建てるにあたって兵庫から長野へ移住されたのでしょうか。

この地域に惚れ込んでしまったからでしょうか。

当初は、災害の少ないエリアを探していました。阪神淡路大震災の経験もありますし、前の家でも台風被害に遭ったので、災害は避けたいという気持ちがあったからです。そこで調べてみると長野が圧倒的に少ないことに気づいたんです。

ですがそれまでは訪れたこともなかったので、試しにと遊びに行ったところ、もう惚れ込んでしまって。移住を考えるようになりました。

ただ、移住にはいくつものハードルが存在しました。子どもが小学校に上がるまで、という期限。両親に納得してもらえるか。奈良で一人暮らしをしている義理の母をどうするか。夫婦それぞれの仕事をどうするか。持ち家が売れるか……。それらをすべてクリアできる見込みがたったので、移住して家を建てることを決めました。

夜景

設計は斉藤智士さん(建築設計事務所SAI工房)にご依頼されています。どのようなご縁で?

夫が建築好きで、私も影響されて雑誌やテレビをよく見るのですが、雑誌などでいいなと思う建築がほとんど斉藤さんのものだったんです。何人かの建築士さんとお話しはしたのですが、一番フィーリングも合って、この人しかないとお願いしました。

土地を買った経緯と住みたい家のイメージをまとめたプレゼンシートを作ってそれぞれお話ししたのですが、契約前に唯一リアルなプランを出してくれたのも斉藤さんでした。

斉藤さんとは年齢も近く、小さいお子さんもいらっしゃって。うちも子どもがまだ当時2歳だったので、共感いただけることも多くて。まるで友人のような感覚ですすめられました。また、子どもを連れて事務所で長い時間打ち合わせをするのも大変だったのですが、それも理解して毎回家に来てくれたり、子どもの相手をしてくれたり。気を使わずに言いたいことを言えたので、結果的にもすごく良かったと感じています。

前回の家づくりの経験から、今回に生かした部分はありますか。

周りに家が建ったことが引っ越しのきっかけになったので、今回は終の棲家にできるように、さまざまなリスクを想定して計画をしました。あと前回は無印良品の規格住宅だったこともあり、「無印らしい」仕上げや設備しか選べなかった分、今回は自分たちの意見をかなり自由に反映してもらっています。

例えば、内装は色数をあまり使いたくなかったので、家具も内装も全て黒・白・グレーに統一しています。壁面にはフレキシブルボードを貼ったり、白く塗装している部分もあります。

キッチンも、美術館らしさを出すために無機質なステンレスのものを入れています。オプションを一切入れておらず、非常にシンプルな見た目が気に入っています。うちは食器をすぐ洗いたいタイプなので食洗機は使わないですし、物も少ないので無駄な引き出しも不要。そうしてどんどん省いた結果、本当に最小限のものを入れられました。

民泊も同居も、暮らしに畳み込む

民泊も当初からの計画とお話しされていました。なぜやろうと?

最初は、義理の母が高齢で一人暮らしだったので、いざというときにすぐ迎え入れられる部屋を作っておきたかったんです。ただ、それだけではもったいないので、民泊もできたらいいんじゃないかというアイデアからでした。

同時に、私たち自身が移住する前はこの地域を全面に感じられる宿に出会えなかったという原体験もあります。特に、うちは当時ボーダーコリーを飼っていたのですが、中型犬が泊まれる宿はほとんどなく、ずっと車中泊ばかりしていて。犬OKのお店は多いのに、泊まる所がない。だったら大きい犬も泊まれる宿を作れば需要もあるし、原村や長野の良さを感じてもらえるんじゃないかと考えました。

民泊部分

実際ハイシーズンとなる夏には、東京などから大きいワンちゃんを連れた方が避暑目的で多くいらっしゃいます。7月後半から8月末まではほとんど埋まっていますね。

新築のわずか1年後に、増築もされています。

「なんで?」とよく言われました(笑)。義理の母のことを見越して民泊部分を作っていたのですが、実際に住んでもらうと、狭さや水回りなどの問題が出てきて。中途半端にやって「まあいいか」で済ませるより、それならちゃんと気持ちよく過ごしてもらえる部屋をゼロから考えようとした結果、増築というかたちになりました。

介護を考えると1階に作るのが普通だと思いますし、私たちもそう考えたのですが、いい絵が浮かばなくて。それなら水回りが揃った2階に作ったらよくない?と、素人ながらに図を描いて斉藤さんに相談し、形にしてもらいました。

うちは開放的な一方で個室があまりないので、ストレスがかからないよう、義理の母の部屋は離れのような形で個室にしています。また、音が気にならないように配置もL字にしました。

増築した部分

オンとオフ、ふたつの仕事場

フルリモートのお仕事なので、ご自宅=ワークスペースでもあります。働く環境として家の中で大事にしていることはありますか?

オンとオフを切り替えられる働く場所があること、そして目の前に自然を感じられて開放的であることです。

フルリモートの仕事に転職したのは無印の家の頃だったんですが、その後、売却までの1年ほど仮住まいをしたんです。ただ、その物件が狭くて暗くて。家族全員とてもストレスを感じていました。特に、そこで仕事もしなければいけなかったのが、なおさらで。やっぱり住む環境・働く環境はすごく大事だと感じて、この家では開放感とオンオフの切り替えを意識的に空間に盛り込んでいます。

仕事用のスペースは今2カ所あって、1階にあるスペースは本業用で、3階のスペースはフォトグラファーとしてのオフの仕事用です。

1階のワークスペース

本業とフォトグラファーの仕事があるんですね。

はい。本業はウェブを中心とする広告代理店で、クライアントのSNS運用やマーケティングに携わっています。移住を機に転職したフルリモートの会社です。

副業のフォトグラファーは、Instagramの初期にただ写真が好きで投稿していたらフォロワーが増えて、Instagramから声をかけていただいてイベントをやったり、5000人規模の写真展をボランティアで開いたりしていたのがスタートです。それを見た企業さんが声をかけてくれるようになり、個人事業になりました。写真家として身を立てようという意気込みがあったわけではなく、文化祭のような感覚でやっていたら、気がつけば仕事になったものです。

家づくりの発信のほうは、どう始まったのでしょう。

最初に家を建てようと思ったとき、固定資産税や不動産取得税が全然分からなくて、すごく調べたんです。まとまっているサイトがあったらいいのにと思ったのがきっかけで、ブログを始めました。自分の欲しかったものを共有したい気持ちが大きくて、それがたまたま本になり、仕事につながった、というだけなんです。

3階のワークスペースではPREDUCTS DESKを導入いただいています。どういった理由でお選びいただいたのでしょうか。

3階のワークスペース

見た目がすごく好きで、無駄のないデザインで、装飾がないのに効率的に考えられている。キャスターで動かせるので、気分転換に違う場所へ行けるんです。フルリモートなので気分を変えたいときもあって、それを叶えられるデスクでした。

また、昇降式なので子どもも一緒に使っています。長く使いたいので、いつか私たちが使わなくなったら、引き継げたらいいなという思いもありPREDUCTSにしました。

子どもは音楽を聴くのが好きで、今は音楽をかけたり写真を見たりして遊んでいます。私は「子どもだから子ども用を使う」というのが、あまり好きじゃないんです。大人用でかっこよくても子どもは使えるので、子ども部屋の収納なども、大人になっても使えるものを選んでいます。

お母様の部屋でもPREDUCTS DESKを導入いただいています。

迎え入れるにあたり、私たちが家具を用意させていただきました。母は、手芸やビーズが趣味で一日の大半をデスクに座って過ごすんです。なので使い勝手がよく、気持ちよく過ごしてもらえるようにと考えて選びました。

増築したお部屋で使われているPREDUCTS DESK

生活をよりよくする意志

ものを選ぶうえで、大事にされていることはありますか。

妥協で選ばない、というのはずっと思っています。タオル一つ、スプーン一つでも、「これでいいか」で選ぶのをやめました。こだわり抜いたものは大事にできるし、使うだけで幸せになれる。気に入ったものだけに囲まれる空間にしようと、この家に引っ越すとき、それ以外は全部捨てました。初期投資としてお金はかかりますが、長く使えるので、トータルでは経済的じゃないか、というのが私たちの持論です。

実際、結婚して17年ほどになりますが、当時から使っているものがこの家にはたくさんあります。MarimekkoやIittalaの食器、包丁もずっと使っていますね。

10年前に家を建てたときと今とで、大事にされていることは変わりましたか。

基本的には同じなのですが、当時以上に妥協しないという気持ちが強くなっていますね。前も、好きなものに囲まれて暮らしたいとは思っていたのですが、「どうしてもしょうがない」と諦めていた部分も割とあったと思います。

それは、ものだけではありません。仕事も通える範囲で、好きでもない仕事を妥協で続けて。窓を開けられなくなってからも、「住宅街だからしょうがない、普通の家はこんなもの」と思うようにしていました。

でもここに来て、好きなものだけに囲まれて、何の不満もない家に住むことで、本当にストレスから解放された感覚が強くあります。

一方、少なくない割合の人が「仕方ない」と多かれ少なかれ諦めるのではないかと思います。そんな中でもなぜ、ゆちさんはそれを乗り越えて行動できているのでしょうか。

なんでだろう……。ただ、自分や家族がより幸せになるために一生懸命考えている、という感じですかね。今もすごく満足しているのですが、何も考えていないわけではなくて、これからもっとどうしたら楽しくなるかを、常に夫と話しています。「これだけ貯まったらこれをしよう」と、資金計算も含めて話しているのが、すごく楽しいんです。

諦めないための努力を続けているのですね。今後はどんなことを考えていますか?

サウナを置きたいねとか(笑)、お隣との間の木を切ったら開放的になりすぎたので、もっと植樹して森感を出したいねとかを話しています。他にも、いま畑を別の場所に借りてやっているのですが、それをもっと極めて、自分たちで作ったものだけで食べていきたい、とかも考えています。長野の野菜はすごく美味しくて、それも移住の決め手の一つだったのですが、自分で作るとさらに美味しいんです。そうした積み重ねで暮らしをよくしていきたいと思っています。

ありがとうございました。

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