PREDUCTSは「いい仕事」を生み出す道具のメーカーです。
「仕事」とは、単に“生活のために稼ぐこと”ではありません。時間が経つことを忘れてしまうくらい没頭し、 充実感を与えてくれること。世の中に新たな価値を生み出し、文化・社会を前進させること。達成感や自己実現をもたらし、 また人間と社会との繋がりを与えてくれること。
本連載では、そんな仕事を“シゴト”と呼び、“シゴト観”とその背景を紐解いていきます。
東京・五反田。
五反田駅から品川に向かう道にはかつてソニーの本社があったことから「ソニー通り」と呼ばれる通りがあります。現在は飲食店やホテルが立ち並ぶ賑やかなその通りから1本入ったマンションの地下に、今回のインタビュイーは拠点を構えていました。
Still Life Photographer 吉川慎二郎さんのスタジオ、兼、二郎動物写真館のスタジオです。(なお、二郎は吉川さんの愛犬のお名前)
平日は、商業写真を中心にStill Life(物撮り)の撮影を、週末には一日数組ずつ訪れる、動物を伴った家族の撮影を行う吉川さん。
ただ、二郎動物写真館のWebサイト、そしてスタジオ内に飾られた写真を見てみると、その“スタイル”が少々独特であることが分かります。「動物写真」という言葉から想像される、装飾を施された愛らしい“愛玩動物”といった言葉が似合うような絵はそこにはありません。
装飾や背景色を可能な限り廃し、まるで“物撮り”のように動物を撮影する。「動物の美しさを最大限表現したい」という吉川さんの意志が反映された写真が、そこには並んでいます。
納品されるのも、手に取りやすい小冊子やデータではなく、まるで写真展に掲示されるかのような品質で「プリント&額装された写真」
なぜ吉川さんはこの独特なスタイルで写真館を運営するのか。写真家としての仕事観と共に紐解いていきます。
二郎動物写真館のこだわり
今日はよろしくお願いします。スタジオの各所に、二郎動物写真館の作品が展示されてますね。写真館はいつ頃からはじめられたのでしょうか。
吉川:2020年の夏頃です。きっかけはコロナ禍でした。2015年から犬と生活するようになったのを機に、自分のスタジオで空いた時間に愛犬を撮り始めました。そんな趣味のような撮影を続けるうちに、いつか動物を被写体とした写真館をやりたいなと漠然と考えるようになり、コロナ禍でクライアントワークが一時全てストップしたタイミングで、「二郎動物写真館」を本格的にスタートすることを決意しました。
元々動物写真のご経験が?
はい、自分は独立するまでカナダのスタジオで働いていたのですが、現地で動物を被写体とする様々な広告写真のプロジェクトを経験しました。
その当時はライオンや猛毒を持った蛇、世界に数種しかいない特別な猿といったように、特殊な動物の撮影が中心。プロジェクト毎に異なる動物の特性や性格に応じてセットを組んで、撮る…ということを繰り返していました。
カナダは日本とは比較にならないくらいに動物愛護や動物倫理といった考え方が進んでいる国で、動物の種類や希少性に関わらず撮影現場には必ず専門家が帯同して撮影が行われていました。「動物の負担を考え、撮影時間はこれだけ」「休憩は必ずこれだけ挟む」「ライトの光量や、ライトから被写体までの距離はこれだけ必要」と、動物への影響を踏まえて丁寧に撮影を進行していました。
当時はとにかく大変だった記憶しかないのですが、二郎動物写真館をはじめた今となってはそのときの記憶や経験がとても役にたっています。
展示されている作品を見ると、いずれも“動物写真館”という言葉から想像されるようなイメージとは大分異なる、“かわいらしい”と言うより”かっこいい”絵作りだなと感じました。これは吉川さんの作風のようなものでしょうか?
そうですね。物撮り(Still Life)の仕事でもそうなんですが、自分が一番撮影したい写真は、「被写体を光と影だけで美しく魅せる」もの。小道具やカラフルな背景紙もなるべく使いたくない。それを動物写真に反映していくと、華美な装飾や衣装等を使わず、「動物としての美しさをシンプルに表現する」といったスタイルになったんです。
Webサイトで「美術館/ギャラリー品質の額装」と謳われているのも特徴的です。昨今は写真をプリントしない人も多いと思いますが、これはなぜでしょうか。
これは「変なこだわり」ですね(笑)。
写真館を始めるにあたって、商品は撮影データではなく、印刷/額装したものにするということはすぐに決定しました。
額装された写真を商品にすると決めた要因は色々とあるのですが、一番大きな要因は海外で写真を飾る文化に直に触れてきたからだと思います。
日本では額装された状態で写真を壁に飾っている家庭は少ないと思いますが、自分が写真家として活動した北米では、ごく普通にどの家でもフレームに入った写真が壁に飾ってありました。
写真館で撮影された家族写真や、自分で撮影した風景写真、亡くなった愛犬の写真など…。その人や家庭のこれまでの歴史がフレームに入った写真としていくつも壁に飾られている様子はとても美しく、興味深いものでした。
自分が撮影した写真は、“写真館に来てくださった方の生活の一部になってほしい”、“一生涯飾られるに相応しい品質のものとしてお届けしたい” との思いから、印刷/額装してお届けすることを大切にしています。
撮影と同じくらい、こだわり出すと大変な作業のように見受けられます。
とても大変なことを簡単に決めてしまったな…と自分でも思います。
印刷用に写真を編集し、テストプリントを繰り返したうえで最終プリントを決定。プリントが仕上がったら適したサイズにカットして、マットに挟んで、額装、梱包……。
自分の作品用には何度も経験していた作業ですが、業務として多くの量をこなすのは想像していたよりずっと大変でした。
額装ひとつとっても、やり始めると細部にまでこだわってしまって。
印画紙やフレームだけでなく、写真を収めるブックマットや写真を止める際に使用するテープの材質や種類など、自分が納得できる品質の額装にするために、写真館としては異例な高品質な額装になっています。
お届けする写真は場合によっては数十年とお客さまのお部屋に飾られる写真になるわけですから、額装の品質へのこだわりはこれからも強くもっていきたいと思っています。
カナダで出会った“Still Life"という没頭できるもの
そもそも、なぜ写真のお仕事をされるようになったのでしょうか。
仕事の中で「写真を撮らなければならない」シーンに直面したのが写真を撮り始めたきっかけでした。前職はデザイナーだったのですが、ある案件で写真素材が必要になり、たまたま自分が撮ることになりまして。自分の仕事のための撮影を経験していくなかで「こっちの方が面白い」と単純に思ったんです。
それからしばらくして、デザインより写真をやりたい気持ちが強くなり、デザインの仕事は辞めて写真の道に進むことを決意しました。漠然と英語圏で写真と語学を勉強したいと考えていたので、カナダに留学して写真を専攻。卒業後カナダのスタジオで働きはじめたのが写真家としてのキャリアのスタートです。
写真の中でも物撮り(Still Life)を専門にされたのはいつ頃から?
カナダで写真を学ぶ中でのことです。もちろん当初は色々やっていました。ストリートでの写真や風景写真を撮影することもありましたし、学生時代はメイクを勉強している学生から頼まれればファッションの写真も撮っていました。学校の課題でも建築写真から料理の写真まで一通り経験します。
その中で、Still Lifeとよばれる物撮りには「自分一人で黙々と突き詰められる」楽しさがあったんです。風景写真やポートレートの写真と違って、撮って仕上げるまでの全ての工程で自分一人で緻密に計算しないと写真として成り立たない。「その瞬間のいい光」や「たまたま現れた素晴らしい景色」「ふと見せてくれたモデルの良い表情」のような偶発的なものではなく、一つひとつを丁寧に組み上げてはじめて成立する写真がStill Lifeとよばれる写真です。精巧な模型を作っているような感覚で、気がついたらはまっていました。
吉川さんの考える、理想の写真はどのようなものでしょうか。
とにかくシンプルなものですね。Still Life Photographerだけではなく、すべての写真家が教科書のように参照するアーヴィング・ペンという写真家がいるのですが、その人の作品が、理想型だなと感じています。彼の作品のひとつに煙草の吸い殻を撮ったシリーズがあるのですが、それは彼のNYのスタジオ近辺に落ちていた吸い殻を拾ってきて撮ったシンプルなもの。ただそれが本当に美しいんです。
彼は歴史上、商業写真の分野でも最も成功した写真家のひとりなので、当然と言えば当然なのですが、その吸い殻の写真は“凄い技術だ。美しい被写体だ。”とは決して主張しない。実際は凄いことをしてるんですが、シンプルなアプローチで、路上に落ちていたゴミですらアートとして成立させている。
本質を見失わず、美しいものを撮ろうとし続ける姿勢の重要性を感じさせてくれます。
ストイックですね。
いえ……むしろ「一定の技術で一定の写真を撮る」だけでは、どこにも必要とされなくなると考えているからかもしれません。カナダにいた頃からその感覚はありました。徐々に写真がCGにとって変わられることが増えてきていましたし、計算された画を出すだけなら、CGのほうが再現性が高く、予算も抑えられようになってきていますから。
つまり、“単に与件に答えるだけ”ではない価値が必要なんです。特にStill Lifeでは。それは“品質”という話に限らないと思います。例えば、デザイナーさんから「こういう印象を与えたいんだけど、何を撮ったらいい?」という相談をもらい、「水の流れをきれいに撮ったら、求めてるグラフィック、表現ができるんじゃないか」と提案をするような姿勢かもしれない。そういう能力の方が、これからはもっと必要だと考えています。
動物だからこその楽しめるポイント
そうしたStill Lifeの仕事と動物写真館とを比べると、どのような違いがありますか?
“物”が相手だと自分が思い描くゴールにどこまで近づけるか、そのゴールをいかに高められるか緻密な積み重ねをコツコツとやる「自分との戦い」です。一方、動物の場合は“相手”がいるのでそうもいかない。その子に合ったライティングを考えないといけないですし、それも限られた時間で即興で組まなければいけません。
例えば、カメラの前でじっとしてくれる子だと、その小さな範囲で最大限美しく写るよう緻密に計算してライティングをセットできますが、コマンドがきかない数ヶ月のパピーだったら3m四方くらいの範囲できれいに写るようにライティングをセットすべきかも知れません。かつ、撮影中にその子の性格や特性をアップデートしつつセッティングに反映しなければいけない。
その上で、撮影中も完全に静止していることはないので、自分が思い描いていなかったような動きをしたりもする。それによって想像していなかった良い写真が撮れることは、動物を撮影していて楽しいと感じる瞬間のひとつです。
物撮りと動物のライティングでは考え方がかなり違うんですね。
ただ、「物撮りを経験しているか」で写真はかなり変わると思います。普通にペットの写真を撮るなら、一般的な人物撮影のライティングと同様に、自然光を使用するか、ストロボの光を回して柔らかい感じで撮る人が多数だと思います。そちらのほうが短時間で撮影することができますし、撮影を失敗するリスクも少ないので。
でも、自分の場合はそうではない。レンズの前にいる動物を正しくライティングしたい。毛並みの美しさを表現したい。動物毎に異なる美しさをきちんと写真に収めたいと考えています。セッティングに必要な時間や撮り方の難しさはありますが、ちゃんとハマれば美しく撮れるという自負があります。
細部へのこだわりはワークスペースにも
ライティングはもちろん、冒頭のプリントや撮り方のお話を振り返っても、吉川さんは相当に“細部にまでこだわり抜く”方なんだなという印象を受けてています。
それ自体に楽しさを感じているのもありますし、Still Life Photographerの気質のようなものでもあると思います。Still Lifeを専門に撮影する写真家は、それこそアウトプットに限らず、撮影現場自体にもかなり厳しい人が多いと思います。
ライトのケーブル一本さえ直線に並べ、その乱れすら指摘するほど、こだわる人も少なくありません。「撮影現場をきれいにしてる人ほど良い写真を撮る」と自分がアシスタントをしていた頃はよく言われていました。
確かに、吉川さんのスタジオ内を見ても道具類など整然と並んでいるのに驚きました。DIYに使いそうな道具も多いようですが、何を作るんでしょうか?
撮影用のセットから、スタジオの収納まで様々です。思い通りの撮影を行うために必要な撮影台や、スタンドやライトの収納棚など、自分で作ればサイズから色まですべてが納得できるものに仕上がるので、必要なものは自然と自分で作るようになりました。
日本では撮影に必要なものは大道具さんみたいな専門の方が担当することが多いと思いますが、自分がカナダでアシスタントしていた時は、撮影に必要なものは、撮影用の部屋の壁から階段まですべて作らされました。その経験があるおかげで、現在のスタジオにあるものくらいは自分で作れるようになりました。
PREDUCTS DESKの足元についてる棚もDIYですか?
そうですね。ホームセンターでカットした木材に色を塗ってネジで止めただけの簡単なものですが。撮影や撮影後の作業に必要なものは全てデスク周りに置きたかったので、この棚に加えPRDUCTS Drawer Miniも2つ付けて、収納量を最大化しています。
棚に収納するアイテムはまだ整理しきれていませんが、手元に置いておきたいものはデスク周りに集約できるようにしたいと思っています。
棚を自作して吊り下げている人ははじめて見ました…!
動画を撮るときは、ケージという“モニターやマイクなど様々な道具を繋げてカメラを拡張させるセット“みたいなものを作るんですが、PREDUCTS DESKはそれに近い考え方だな思っています。
棚が必要なときは棚をつければいいし、不要になったら外せばいい。自分の作業環境はタイミングによって必要なものが変わってくるのですが、PREDUCTS DESKであれば自分の要望に柔軟に対応できるので、より効率的な作業環境へと常にアップデートしていきたいと考えています。
使われている道具にも何かこだわりが?
そうですね、自分の仕事の場合、ストロボとディスプレイはこだわっている機材です。
写真を撮影する仕事なので、カメラやレンズといった撮影機材が最も重要に思えるかもしれませんが、自分の場合現在市販されているものであれば、どれを使っても一定の品質は保てると感じています。
ただ、写真を作り出す光と、撮影した写真を確認するディスプレイは現在使用しているBroncolorとEIZOでなければ駄目でして。
自分が仕事で使用する機材に求めることは、どんな環境でも同様の結果を返してくれることです。ストロボと呼ばれる光を作る機材は常に同じ色の光を、同じ閃光速度で作り出せなければ安心して撮影に臨めないですし、写真を確認するモニターはいつどんな時でも正確な色を表示してくれないと使いものになりません。
ストイックに写真を楽しむ
もの選びにもストイックさが滲み出ますね。そうした吉川さんの姿勢は写真からも感じられるような気がします。
自分が撮影したいと思う写真は万人から好かれるタイプのものではないと思っています。ただ、中にはこんな写真や仕事の仕方に共感を持ってくださる方もいらっしゃる。
例えば、以前二郎動物写真館にデザインの仕事をされている方がお客さまとしていらっしゃったのですが、その方はご家族に「写真館でペットとの家族写真を撮りたい」と言われ色々調べて、うちに辿り着いたそうです。
この人のライティングでペットとの家族写真を撮ってもらいたいと考え、二郎動物写真館に興味の無かったご家族を説き伏せてうちに来てくれたそうで。そんな話が聞けると単純に嬉しいですね。
今後、写真家・写真館としてどうしていきたいですか。
Still Life Photographerとしては先ほどもお話ししたように、目指す方向性に向かって突き詰めていきたいですね。一方で、動物写真という観点では、写真館でもやれること、撮れる方向性がまだまだ限りなくありますし、願わくば商業写真でも「動物を撮る」ような機会があるといいなと思っています。
カナダで経験したように、広告等での動物写真の可能性はまだまだある。そこで自分が満足できる写真を撮れる機会をもらえたら、双方の仕事にとってもプラスになりますし、スキルアップにも繋がっていくと思うんです。
写真館、商業写真と分断させず上手く融合していけるといいなと。それが吉川さん自身にとっても楽しいものなのでしょうか?
吉川:そうですね。写真館の業務では、撮影から撮影後の作業まですべての工程で、自分が目指す品質や方向性をつきめることが出来るという感覚があって。
他方で、商業写真だと自分だけの意見や考えだけでなく、様々な人の意見を踏まえる必要があります。多くの人が携わっているからこそ、辿り着ける品質もあると思います。
写真館の仕事、コマーシャルの仕事いずれも大事ですし、異なるやり甲斐や困難があります。双方の撮影を経験していくことで、どちらの撮影にも良い影響が出ると感じていますので、両方の分野で更に美しい写真を目指して徹底的に突き詰めていきたいと考えています。
ありがとうございました。
Photo: 吉川慎二郎