PREDUCTSは「いい仕事」を生み出す道具のメーカーです。
「仕事」とは、単に“生活のために稼ぐこと”ではありません。時間が経つことを忘れてしまうくらい没頭し、 充実感を与えてくれること。世の中に新たな価値を生み出し、文化・社会を前進させること。達成感や自己実現をもたらし、 また人間と社会との繋がりを与えてくれること。
本連載では、そんな仕事を“シゴト”と呼び、“シゴト観”とその背景を紐解いていきます。
時として、私たちの生活に計り知れないほどの脅威を与えるウイルス。ここ数年のCOVID-19からも、改めて実感した人も少なくないでしょう。
今回取材した京都大学 医生物学研究所の准教授 杉田征彦さんは、そうした感染症の対策に寄与する研究を10年以上にわたって続けてきた方。構造生物学と呼ばれる分野を主とし、ウイルスの“形”を明らかにして、治療薬やワクチン開発につなげる研究に従事しています。
研究の原動力となっているのは、社会に与えうる影響力の大きさだけではないという杉田さん。聞けば「物の形を見る」という行為自体への熱意が、日々の支えになっているのだそう。
今回は京都大学にある研究室へ伺い、ウイルスを究める道へ進んだ理由から研究活動の鍵を握るワークスペースのこだわりまでを伺いました。
“形を見る”ことへの深い興味
はじめに、杉田さんが現在取り組んでいる研究の概要を教えてください。
構造生物学やウイルス学などのアプローチを通じて、ウイルス感染症対策に貢献するための研究に取り組んでいます。
数あるウイルスのうち、特に私が研究の対象としてるのが、RNAウイルスと呼ばれるものです。RNAウイルスのなかには、たとえばインフルエンザウイルスやエボラウイルスなどのように、高い病原性を持っており、詳細な構造を捉えることが難しいとされているものが含まれています。これらがどのような形をしているのか、どのように増殖するのかを明らかにする研究をしています。過去にはエボラウイルス、直近では新型コロナウイルスも研究対象になりました。
大学等に進学された時点で、ウイルスや研究などに興味があったのでしょうか?
いえ、その時点では考えてもいませんでした。私は北海道大学の獣医学部に進んだのですが、その時点では「動物のお医者さん」になりたいと考えていましたね。
ウイルスとの出会いは学部4年生の頃です。獣医学部は6年制なのですが、4年生を迎えるタイミングで、所属する研究室を選ぶ必要があって。その際、病原性細菌やウイルスを研究する微生物学研究室を進路に選んだことが、今の活動につながる分岐点の一つになりました。
そこから、動物のお医者さんではなく大学院へ進んで研究を続けることにしたのはどのような理由からだったのでしょうか?
私たちの生活や社会とのつながりが強い学問分野であることは、選んだ動機のひとつになっていますね。
私自身、2008年の高病原性鳥インフルエンザがアジア地域で猛威を振るった様子を目の当たりにしたことから、「ウイルス感染症の制御に貢献したい」と考えるようになりました。COVID-19の流行も含め、小さなウイルスがヒトを含めた動物の生態系に影響を与えることは少なくありません。この研究は、その対策に結びつく可能性がある。
実際、研究の成果が治療薬やワクチンの開発に役立つこともあります。年齢や性別を問わず多くの人々にとって役立つものが生み出せるかもしれない。そんな可能性を含んだ研究です。
もう一つ、大きく影響したのが“物の形を見ること”への興味や探究心です。
獣医学部にいた頃、ワクチン研究のためにウイルス粒子の精製をすることがありました。精製された粒子を電子顕微鏡で覗いて観察した時、肉眼では見えないウイルスの姿がはっきりと見えたことに、すごく感動したんです。
その経験もあり、自分が何かの“形を見る”ことに興味があると改めて気づかされました。大学卒業後の進路を考えるタイミングでも、“形を見る”ことにつながる仕事がしたいと考えたんです。それもあり、最終的にはウイルスの研究を続ける道を選びました。
“物の形を見る”ことへの興味は今に至るまで、杉田さんが研究を続けるうえでの軸の一つになっていると感じますか?
はい。大学院に進んでからは生物の細胞内でウイルスがどう増えていくかなど、よりミクロな視点で、ウイルス自体に着目した研究に携わるようになっていきました。また大学院を卒業し、沖縄科学技術大学院大学で研究員を務めるようになってからは、さらに細かいレベルでウイルスを観察したり、その構造を明らかにしたりする構造生物学と呼ばれる分野に取り組むようになりました。
その過程において、ウイルスの形を原子レベルで見ることに成功する瞬間が何度もあって。その時はいつも、「こんな形をしたウイルスが、病気を起こしているんだ」とか「このウイルス、実はこんな形をしていたのか」といった感動を覚えますね。
ウイルスとの出会い以前から、”物の形を見る”ことに心が動かされたり関心を持ったりすることがあったのでしょうか?
改めて考えると、研究に限らず、立体的な造形や幾何学的なものに対する関心は子供の頃から持っていたのかもしれません。幼少期は特にあやとりや折り紙が好きで、作っている最中や完成後に形を眺めるのが楽しかった記憶があります。
大学でも解剖学の授業中、骨のつくりや形状を観察してスケッチすることに、自然と面白さを感じていました。スケッチの出来が良くて、先生に褒められたこともありましたね。
お話を聞いていると、形を見るのと同時に、自分の手を動かして何かを形作ることも好きなのではないかと感じます。
確かにそうですね。あやとりや折り紙がまさにそうですが、いわゆる手作業はすごく好きだと思います。研究においても、毎日細かい作業をする場面が多々あるのですが、“それ自体”にも楽しみを感じています。
たとえば、精密ピンセットを直す作業もその一つです。使い続けていると、先が少し曲がってものを掴みづらくなるのですが、それを顕微鏡で覗きながら、地道に直す作業は個人的には楽しみのひとつ。文字通り、無心になって没頭できる感覚があって。自分が何かの職人になったような気分になる面白さがあるんです。
“動かしやすさ”を追い求めた空間
この部屋は、画像解析や論文執筆や学生の指導などに使われる部屋とのことですが、スペースを構築するうえで重視していることがあれば教えてください。
目的に合わせて自分がカスタマイズしやすいように、“動かしやすさ”を意識して道具を選んだり、配置したりしています。
その理由の一つが、日々さまざまな目的でこのスペースを利用すること。ウイルスの立体構造解析、学生の指導やオンライン会議への出席、論文執筆や資料の整理……それぞれの場面に応じて、配置などをスムーズに最適化できる状態を保つようにしています。
大学の施設という性質上、全体で清掃や点検が入ったり、数年で所属先が変更したり、部屋が変わることもある。“動きやすい”というのはその意味でも役立つことが多いんです。適度に身軽な状態を保つことで、移動の負荷をできる限り軽減できますから。
PREDUCTS DESKを導入したのも、そうした“動かしやすさ”を実現するためだったのでしょうか?
はい。導入する前はケーブルなどが散らかり、場面に応じて配置を変えたりしづらい空間になっていました。そもそも自分はとてもズボラな人間でして。散らかっていることを自覚しつつも、気に留めず仕事をしていたんです。一方で、私の妻は整理整頓が好きなタイプで。妻から色々と話を聞いているうちに、よく考えたら作業部屋の散らかりによって、少なくないストレスを受けているなと自覚しました。
実際に整理整頓をすると、自分が自由に使える余地が増え、さまざまな作業が進めやすくなりました。想像していた以上に快適に過ごせています。
PREDUCTSを知ったのは、どのようなきっかけからなのでしょうか?
最初に知ったのは『デスクをすっきりさせるマガジン』だったと思います。このマガジンにのっているnoteの一つひとつが、研究者の自分にとっては興味深いものだったんです。整理整頓に没頭して、自分なりに探究していく様子は、ある意味「研究者が突き詰めていく様子」と通底するものを感じました。
また、このマガジンの投稿者や読者が、一つのコミュニティのようになっている点も興味深く見ていました。というのも、自分の身の回りでも、たとえば顕微鏡に詳しい研究者や測定技術に詳しい研究者など、それぞれがコミュニティのように集まって情報交換をしたり、コミュニケーションをとったりしている。その点にも、自分がいる研究の世界との親和性を感じていました。
部屋には3台ものPREDUCTS DESKをご利用いただいています。どのように使い分けられているのでしょうか?
1台目は、PCとディスプレイを置いた作業用。研究内容であるウイルスの構造計算、研究データをもとにした3DCGデータの処理や論文執筆、オンライン会議などあらゆる作業に使っています。
2台目は、可動式の作業台。例えば、資料をスキャンするためのアームを設置しているので資料の整理やスキャンにも利用したり。Flo Monitor Armに自由に動かせるモニタを取り付けているので、共同研究などの議論のために複数人でディスプレイを使う際には、動かして表示させたり。時にはこちらのディスプレイに映像を表示させ脇目で見つつ、メインのPCで作業をするといったこともあります。
3台目は、固定式に近い作業台。実体顕微鏡や3Dプリンタ、その周辺の道具類を設置しています。実際の研究は別室に機器を揃えているので、ここの機材はあくまで補助程度。3Dプリンタは研究で必要となるちょっとした道具や治具を作るために置いています。
ここにある仕事道具のなかで、特に気に入っているものがあれば教えてください。
あえて挙げるなら、ライカの実体顕微鏡でしょうか。大学時代の先輩で、ザリガニやシャコの解剖にこの顕微鏡を使っている研究者がいて。その人に勧められて使い始めて、もう3年以上になると思います。機能的な面はもちろん、シンプルな見た目もすごく気に入っているんです。
道具を選ぶうえで、特に大切にしてることはありますか?
“ずっと使えるもの”を選ぶことです。
研究機器やデスクなど仕事で利用する道具はもちろん、趣味のものも含めて、消耗品を除くすべてにおいて「大事にしたらずっと使える」ものを選ぼうと意識しています。「せっかく手に入れたならずっと使いたい」という想いが強くあるからです。
なので、「とりあえず必要だから間に合わせる」「いらなかったから捨てれば良い」という前提でものを揃えることは、できるだけしない。年々、よく考えてから一つひとつを購入するようになっている気がしますね。
そうした意識は以前から?
考えてみると、子供の頃からかもしれません。親におもちゃを買ってほしいと頼むと、すぐに飽きたり捨てたりしそうなものは絶対に買ってくれませんでした。逆に、長く大切に使われそうなものであればすすんで買ってくれたように感じます。そうした経験の積み重ねが、少なからず影響している部分はあるかなと。
実際、自分が親になってからは自然と、私の両親と同じような姿勢で、自分の子供と向き合うようになりました。できる限り大切に使ってくれそうなものを買ってあげたり、自分が小さい頃使ってたおもちゃを子供に渡したり。珍しい話ではないと思うのですが、自分にとっては価値観の現れであると実感します。
最適なワークスペースが、研究の長い道のりを後押しする
ご自身の価値観や考えが反映された道具が揃い、“動きやすさ”を伴った部屋に整ってきたことは、研究活動を進めていくうえでの後押しになりそうでしょうか?
間違いなくなっていると思います。その理由の一つが、私が取り組む生物学の分野は泥臭い作業が多く、長い時間をかけて積み重ねることが重要だからです。
この分野では研究を始めてから成果を発表するまで、早くても2年ほど、長ければ20年ほどの歳月をかけている方もいます。実際に、私が2018年10月に発表したエボラウイルスのクライオ電子顕微鏡解析に関する論文は、開始から発表までに3年半ほどの時間を要しました。
もちろん研究内容によって適切な期間は異なりますが、時間軸はどうしても長くなりやすい。その最中で起こる変化に耐えうる環境であることは、研究に集中する意味でも必要な要素だと感じます。
見据えられている時間軸が、通常のワークスペースとは異なるのかも知れません。
はい。とはいえ、研究というのはまとめて世の中に発表してこそ、真価を発揮するものでもある。つい先日も、恩師である先輩研究者から「形を見ることも重要だが、そればかりでは良くない。常にその先に目を向けて、研究しなくてはならない」と言われたばかりです(笑)。研究はより多くの人々に知ってもらって初めて、次の新たな価値につながっていきますから。
そして、研究活動を最終的に価値へつなげていくために、自分が快適に集中して過ごせる環境を作っていくのも、仕事の一つだと思います。こだわりを持ってワークスペースを整えることは、今後も研究の道を進み続けるうえで、きっと自分のためになるはずです。
ありがとうございました。