PREDUCTSは「いい仕事」を生み出す道具のメーカーです。
「仕事」とは、単に"生活のために稼ぐこと"ではありません。時間が経つことを忘れてしまうくらい没頭し、充実感を与えてくれること。世の中に新たな価値を生み出し、文化・社会を前進させること。達成感や自己実現をもたらし、また人間と社会との繋がりを与えてくれること。
本連載では、そんな仕事を"シゴト"と呼び、"シゴト観"とその背景を紐解いていきます。
神奈川県逗子市。海と山に囲まれた地に「作ること」それ自体に情熱を注ぐ人物がいます。
アウトドアブランド・RIDGE MOUNTAIN GEAR代表の黒澤雄介さん。自分で使うために山道具を作りはじめ、それが徐々にブランドとなり、いまでは国内の様々なアウトドアショップにも展開しています。
ブランドとしても事業としても成長の一途をたどっているようにもみえますが、黒澤さん自身はあくまで「作ること」を大事にし、広げるより「濃くすること」「深めること」が改めて必要だと近年は強く感じているといいます。
作ることへの熱意が導いてきた、RIDGE MOUNTAIN GEARの道筋と、黒澤さんご自身のシゴト観を伺いました。
山も街も楽しめる普遍的なものづくり
はじめに、RIDGE MOUNTAIN GEARがどのようなブランドか教えてください。
街と山のどちらでも身につけられるプロダクトを展開するアウトドアブランドです。快適さや利便性の高いアウトドア用のテック素材を用いつつ、シンプルで長く着られるようなデザインのウェアや道具を作っています。
このコンセプトは自分が山登りをはじめた時の困りごとをきっかけに生まれたものです。というのも、アウトドアウェアを揃えると、普段着るものと山で着るものが完全に別物になりすごく面倒だったんです。場所も取るし、お金もかかる。どちらでも着られるようなものがあったらと考えました。今でこそいろんなメーカーさんがそういったプロダクトを展開していますが、当時はあまりなかったので「じゃあ自分で作ろう」と思ったんです。
自身の課題感がきっかけだったんですね。
なので、ものづくりのあらゆる面に個人的な思いが詰まっています。例えば、耐久性や縫製などの面で「安心して身に着けられる」ことを大事にしているのですが、これは元々僕が服飾が好きだったことに起因しています。
僕はファッション系の専門学校を出てアパレル系のメーカーで働いていました。当時はハイブランドなどの服もよく買っていたのですが、なかなか安心して着られないものが多かったんです。縫製や素材の観点などでも扱いに気を遣わないといけないものも多い。もちろん、それゆえのデザインもあるんですが、常に気を遣うのは疲れるので、自分で作るものは安心して身につけられるものがいいなと考えています。
同じ背景から、シンプルで長く使えるアイテムにもこだわっています。素材もそうですし、シルエットも普遍的で飽きが来ないようなかたちを探っています。Basicという名前のついたシリーズはまさにその思いを反映したものですね。その人のクローゼットの中の基本として長く置いていけるもの、いつ着ても違和感が少ないものになるよう心がけて作ってます。

RIDGE MOUNTAIN GEARではアパレル(服)からギア(道具)まで展開されています。道具という視点でも個人的なこだわりが反映されている点はありますか。
直感的に「いいデザインだ」と思えるものを作りたいと思っています。自分自身、道具というか、もの全般に昔からとても執着があって。山登りのギアにしても、例えばみんなが「こっちの方が10g軽いから」と選んでいるものでも、自分はそのデザインが気に入らないと「ちょっと重くてもこっちがいい」と選んできました。その意味で、デザイン的な観点でずっと気に入れるか、長く使えそうかは大事にしています。
はじまりは、自分のためのものづくり
ブランドとしてはいつ頃からスタートしたのでしょうか。
本格的に専業で始めたのは2019年からです。ただ、その前に趣味の延長のように運営していた期間が長くあるので、実際は2012年頃からでしょうか。というのも、最初は売るつもりもなく、自分で使うために作っていただけだったんです。
アウトドア用品には「MYOG(Make Your Own Gear)」というカルチャーがあり、自分で使うための道具を作る人が一定います。自分もその感覚で作りはじめて、作ったものをブログで紹介していたんです。すると、それを見た人から「ほしいから売ってくれないか」という連絡が少しずつ来るようになりました。



とはいえ、その数も当初は決して多くありません。仕事にするとは思ってもいませんでした。ただ、あるときサコッシュを作ってブログに載せたところ、普段よりリアクションが良かったことがあって。そこで、一回予約を受けてみようと思って募集すると、その日のうちに30件くらい注文が入ったんです。
その時はじめて「これは仕事になるんじゃないか」と思いました。ですが当時の僕はアパレルメーカーの会社員で、ブランドを運営する技術も経験もない。とりあえずECサイトを立ち上げて細々と販売をしていました。
大きな転機となったのは、前職のアウトドアブランド『山と道』との出会いです。元々はユーザーとして好きなブランドだったのですが、代表の夏目さんに声を掛けていただき「いずれ独立するために」を視野に入れ、2015年から働かせてもらうことになりました。当時の山と道はまだ数人で運営する小さなブランド。専門など関係なく全部を全員がやるような感じで、ブランドを運営する上でのあらゆる経験をさせてもらいました。
JMTで決心した、自分のペースで生きること
独立のタイミングはどう決めたのでしょうか。
独立する2年ほど前に歩いた、JMT(ジョン・ミューア・トレイル)というアメリカのロングトレイルの時に決めました。妻と二人で行ったんですが、ゆとりのある行程だったので自分たちのその日の気分や体調などに合わせて自由気ままに進んで行ったんです。起きて、ご飯を食べて、歩いて、休憩して、景色を見て、歩いて、疲れたらその日はおしまい......と。

そんな自由な生活を2週間ほど続けていると、"自分の思い通りに生活をしている"ことがすごく心地よくなっていたんです。そして「帰ってもこのペースを崩したくない」と思い、そのためにも独立しようと決心しました。
JMTへいくまでは、独立こそ考えてはいたもののさまざまな不安もあって具体化はしていませんでしたが、このとき一気に具体的な目標になったんです。帰国後すぐに独立までのロードマップのようなものを整理し、マイルストーンを決めたり独立後にやることのイメージを固めたりしていきました。
独立後はどのように歩まれてきたのでしょうか。
2019年に独立して、当初の3年間はひたすら「自分が作りたいものを作る」日々でした。
もともと"作ること"それ自体が好きだったのもあり、独立までの期間で考えていた「こういうものを作りたい」という思いを一気に発露させ、ひたすら作り続けていました。
すごく充実した日々でしたね。あまり記憶がないんですが、とにかく楽しかったことは覚えています。毎日朝早く目覚めて「早くやりたい」みたいな感覚で仕事に向かっていました。

ものづくりに没頭されていたんですね。3年後からはまた変化が?
ありがたいことに数が出るようになったことで、作ること以外に割く時間が増えてきました。また同時期に法人化したこともあり、経営という観点での仕事も広がっていきました。資金や税金といったお金周り、生産管理、また卸先とのコミュニケーションなどなど......。
当初の3年間が"楽しい"だけで突っ走れたボーナスタイムだとしたら、今はより現実的に事業として向き合っている感覚が強いかもしれません。
変化し続ける、自分、山、ブランドとの関係性
ブランドとしてのフェーズも、ご自身の向き合い方も変化してきているのですね。他の面でも変化はありましたか?
様々な面で変わってきていると思います。例えば、最近はお客さんとの距離感を変えてきています。
これまではポップアップなどに出店するのも苦手であまりお客さんと直接やりとりをする機会を設けてこなかったのですが、ここ数カ月はオープンアトリエという体験会を月次でやっています。
ブランドの世界観を好きでいてくれる方がいると知れたり、要望やご意見を直接聞くことで製品開発にも活かせたりもしています。サンプルを見てもらい、どう感じるか、どこに魅力や課題があるかなどを聞くと、ものづくりのモチベーションにもなってますね。同時に、距離が近くなったことで「一緒にブランドを作っている」感覚を強く持つようになりました。

また、山登りとの向き合い方も徐々に変わってきていますね。最初にのめり込んだ頃はアパレルメーカーの会社員で、山に登ることがある種の現実逃避だったんです。「山にいる時だけは日常を忘れて安心できる」みたいな。
ただ、山に関わる仕事になったことで、自分の中での山の意味は大きく変わりました。山が仕事の場所になり、「行きたい」というより「行かなきゃいけない」が強く、純粋に楽しめなくなった時期もありました。
その後一時は子どもが生まれたこともあり山へ行く頻度も減ったのですが、最近はまた少しずつ楽しめるようになってきています。テント泊を山小屋泊にするなど、無理しないようスタイルや向き合い方を変えてきていますね。



そうした変化はものづくりにも影響してきそうですね。RIDGE MOUNTAIN GEARとしては今後どうなっていきたいとお考えですか。
実は、ここ半年ぐらいずっと悩んでいたんです。今の延長で成長を目指すのか、今の感じを維持していくのか・・・と。
アウトドアブランドは、ある程度商品群を拡大すると、ラインナップが似通ってきます。また品質面で大きな差をつけるのも容易ではありません。すると価格面での競争になりますが、うちはすべて日本製で海外生産のメーカーと比べると勝負になりません。
かといって海外生産に変えるかというと、最小ロットが増えるので、販売数もスタッフも増やさなければならない......そんなことを考えていると胃が痛くなってきて。自分はそうした拡大を目指すべきじゃないと思ったんです。
先ほどお話しした、お客さんとコミュニケーションをとって、いいものづくりに集中する方が本来自分がやりたいことなので、それをもっと突き詰めていきたい。広く薄くではなく、濃く深くしていくようなイメージです。
振り返ると、自分が道具を作りはじめたのは「作ること」が好きだったからで、JMTを歩いたときに感じた思いに立ち戻るなら、夢中で作りつづけられていることが「自分の思い通り」な生活だと思うんです。その時の思いに立ち戻りながら、もっと「作ること」を深めていきたいと思っています。
