仕事もゲームも「課題解決」であり「クリアする」もの — 柿元崇利

PREDUCTSは「いい仕事」を生み出す道具のメーカーです。

「仕事」とは、単に“生活のために稼ぐこと”ではありません。時間が経つことを忘れてしまうくらい没頭し、 充実感を与えてくれること。世の中に新たな価値を生み出し、文化・社会を前進させること。達成感や自己実現をもたらし、 また人間と社会との繋がりを与えてくれること。

本連載では、そんな仕事を“シゴト”と呼び、“シゴト観”とその背景を紐解いていきます。

その部屋には「整っている」が「異様」な光景が広がっていた。

2台のPREDUCTS DESK

並び立つ、2台のPREDUCTS DESK。奥は仕事用、手前が趣味用だという。

奥のデスクには、49インチのウルトラワイド曲面ディスプレイに一眼カメラ、マイク、Stream Deck、スピーカー類が2本のケーブルに集約され、MacBook Proに接続されている。

手前のデスクは、27インチのディスプレイにマウスとキーボード、スピーカーが並ぶ一見シンプルな環境に見える。ところが、各社最新のゲームコンソールのNintendo Switch、PlayStation 5、Xbox Series Xに加え、ゲーミングPCまでもが遊べる仕様だという。

デスク裏を覗いてみれば、140cmの天板裏に所狭しと、ゲーム機、PC、コントローラーまでもが吊るされている。

デスク裏に吊るされた機器群

さらには、2台のデスクの壁面には、10台のヘッドフォン、5個のコントローラー、無数のケーブル類、キーボード、タブレットなどが掛けられている。いずれも、この部屋の主・柿元崇利さんのシゴト道具だ。

壁面に掛けられたガジェット群

動画配信サービスを手掛けるU-NEXTの採用とビジネス開発を担う柿元さん。コンテンツ業界で身を置くものとして、自らもコンテンツに没頭している……ようにも見えるこの部屋。

この部屋が形作られるに至る、柿元さんのシゴト観を聞いた。

コンテンツとは無縁の道筋

仕事と趣味に最適化されたような部屋ですね。コンテンツをお仕事にされているという意味では鑑のような部屋のようにも思えますが、柿元さんはコンテンツ関連のお仕事が長いのでしょうか?

いや、正直「コンテンツに関わる仕事に就きたい」と考えたことはないんですよ。

最初に志していたのなんて、科学者でしたから。幼少期から「自分はきっと科学者になるはずだ」となぜか思い込んでいて。大学も理工系に進学しました。ただ、学部を卒業してバイオサイエンス系の研究室に進んだころ、とにかく向いてないことがわかったんです。

まず専攻分野の論文を読み込めなかった。専門用語が羅列された大量の英文に圧倒されましたし、読んでもまったく楽しくなかったのですね。

とどめに実験がとにかく苦手。実験試料をプロトコルにそって破砕したり溶解したり、遠心分離したり電気泳動させたり。薬剤の分量はマイクログラム、マイクロリットル単位。時間管理がシビアなものも多く、ほんの少しのミスで8時間や下手したら数週間分の準備が全部無駄になるような世界。これがとにかくつらかった。

結果、完全に落ちこぼれてしまって。「就職してしまえ」と道を変えたんです。

そこでコンテンツ関連のお仕事に?

それが、私のキャリアはU-NEXTと出会うまではコンテンツとほぼ無縁なんです。キャリアの最初は、IBMの営業職でした。きっかけは就活で仲良くなった友人の影響というありふれたもの。しかも、当初はSE職として内定が出ていたのですが、入社直前に「営業はどう?」と言われて。あまり考えず「いいですよ」と答えたのが今となってはキャリア上の大きな分岐点でしたね。

これは後からわかった話なんですが、少なくとも当時のIBMは営業が花形の会社で、よく働く人の集団でした。かつ、私が配属された某自動車メーカー担当の部署は売上規模が大きく、営業の中でも特に強い人しか生き残れないような環境でした。

新卒の配属先としては中々ハードそうです。

一方、当時の私は「最小のエネルギーで働いて、給料が振り込まれて、プライベートを最大限楽しんで幸せ」みたいな生き方をしたいと思っていた。完全にミスマッチだったんです(笑)。そんな甘い考えを許してもらえるはずもなく強烈なプレッシャーに日夜さらされて。働きたくなくても働かないともっと恐ろしい目に遭う…という環境で、仕事をたたき込まれました。

ただ、ある意味ここで仕事人としての基本動作は染み付いたんです。対人コミュニケーションの基礎はもちろん、人が介在するからには付加価値を足さねば意味がない、営業は自分の人件費の10倍は稼がないと存在価値がない……みたいな。当時はあまり活躍できずしんどかった記憶しかないですが、振り返るといい経験でした。

その部署は3年で異動になるのですが、異動先になった営業支援の間接部署は凄く相性が良く。前の厳しい環境でやり込められたおかげもあって、比較的活躍できたんです。ここで自分としてははじめて「仕事上の成功体験」を得ました。

デスクの上のトラックパッドとキーボードとマウス

「仕事が楽しくなる」みたいな感じですね。

まさに。ただ、その環境にも慣れてくると若干の物足りなさが出てきて。そんなタイミングに友人から「起業しようよ」と声をかけられたので、深く考えずに起業したんです。

でも、ある意味あたり前の話で「ちゃんと考えずに起業した」から「ちゃんと失敗した」。色々な挫折を経て1年半ほどで会社を離れ、知人の紹介で別の会社へ転職。ただそこでも、前の失敗を引きずり、上手くパフォーマンスを出せませんでした。

気がつけば、34歳。IBM時代に比べると大分給与も落としていたこともあり、「もう失敗できない」と追い込まれていました。そこで、人生初のちゃんとした転職活動をし、最後に引っかかったのがU-NEXTだったんです。

背水の陣で入社したU-NEXT

たしかに、コンテンツという言葉は一切出てこないですね。U-NEXTも満を持してというより「背水の陣」のような心持ちで。

そこに絶好の機会があらわれたんです。とあるサービスをほぼゼロから立ち上げることになりました。

忘れもしない入社4日目。「今から打ち合わせするから一緒に来て」と言われて同席した会議で先方の担当者から要件の説明が済むと「提案して欲しい」とお願いされて。社内で提案を取りまとめて何度かのやり取りを経ると、OKが出たんですね。

ただ、当時のU-NEXTは今に比べるとはるかに貧弱な組織でした。プロダクト開発の余力は限られていたのですが、サービス開始日は決まっていて。入社直後の私でもわかるほど、かなりの難題でした。プロジェクト管理をする専任の人もいなかったのですが、私が志願しました。

先述のとおり、当時の私はもう後がない心持ちだったので、「このプロジェクトをなんとかしなければ死ぬ」と思っていて。文字通り“がむしゃらに”働きました。

大小問わず様々な問題や困難が毎日のように起こるんですが、それまでの人生で培った全ての経験・能力を総動員してリリースに向けて走り続けました。最終的になんとかつじつまを合わせられて、予定日にローンチできました。

無理難題を、死ぬ気で形にしてしまった。

もちろん、本当にたくさんの人の力があってこそです。ただ、この経験が私のU-NEXTにおけるキャリアの基盤になりました。例えば、プロジェクト全般を見通していたので、社内のあらゆる部署とやりとりをしました。当時入居していたビルの上から下、部屋の手前から奥までほとんど全ての人と関係性が築けたり。

例えば、エンジニアを新規採用する必要があったので、採用面接に私も混ざるようになり、以後エンジニア採用の窓口に立つようになりました。これはいまの採用責任者という役割に繋がっています。

仕事と関係なく、あらゆるコンテンツ/趣味を

なるほど、たしかにキャリアの中ではあまりコンテンツへ接続しようという明確な意思はなさそうに聞こえます。一方で、「仕事用デスク」の横に「趣味用デスク」が並ぶように、柿元さんは仕事と同じくらい趣味にも熱狂されているように見受けられます。こちらはどのような道を歩まれてきたのでしょうか?

最初は本ですね。小中学生の頃は本当にたくさんの本を読み漁っていました。特に中学校への通学が徒歩40分もあったので、家にあった父親の文庫本を片っ端から持ち出し、二宮金次郎のごとく、読みながら歩いていました。

最初にハマったと記憶している著者は星新一。ショートショートの神様ですね。後に否定意見もあったことを知りましたが、難しい漢字がなく平易な文章、およそ数分から物語が完結するSFに魅了されました。そこからジャンル問わず小説を読みあさるように。同級生の影響を受けて、いまでいうライトノベルもよく読みました。

デスクに並んでいるようなゲームへの傾倒も同時期くらいでしょうか?

そうですね。ゲームとの出会いは、親戚の家にあったスーパーマリオブラザーズでした。その後ファミコンを買ってもらい、友達とソフトを貸し借りしながらあれこれ遊び、時代が進むごとにハードを変えながら遊んできました。

タクティクスオウガ リボーンをプレイする柿元さん
撮影の前日は、『タクティクスオウガ リボーン』の発売日。休暇を取り、15時間プレイしていたという。なお、発売日に合わせてプレイするためにSwitch版をDLしたが、翌日には(一日遅れで配信された)Steam版も購入。この日はSteam版をプレイしていた。保管用と観賞用のコレクターズエディションも並んでいた。

大学受験の時はさすがに一時的に離れてるんですが、合格を見届けたその足でNINTENDO64と初代プレステを買ったり。ゲームメディアに関しては、ずっと特別な愛情を感じています。大学以後はパソコンを手に入れたので、PCゲームも。タッチタイピングができるようになったのは、『Ozawa-Ken』と『ザ・タイピング・オブ・ザ・デッド』のおかげです。

そのほかだと、アニメは人並み。音楽に関しては中学生頃から、ビートルズにドハマり。マンガは手塚治虫にだいぶ傾倒しました。すべての音楽の頂点はビートルズ、マンガの頂点は手塚治虫であり、それ以外は認めないというような、厄介な考えに取り憑かれた時期もありました。今では幅広くたくさんのアーティストや著者を尊敬していますよ(笑)。

お部屋を見ると、ゲームコンソールもさることながら、VRやタブレットなどのガジェット類やヘッドフォン等のオーディオ機器も相当な数並んでいます。これも趣味の延長で?

自分の中だとこれは「全然たいしたことない」という感じなんですよ。ここに並ぶヘッドホンもオーディオマニアからしたら笑っちゃうぐらいしょぼいはず。数もそうですし、値段のレンジもたいしたことありません。

ただ、買う物の傾向は明確で、「普通だと○○だけど、これは○○」といえるような、何かしら特徴が際立ったものだと思います。例えば、音質特性。ヘッドホンには原音を忠実に再現する能力が求められる一方で、「原音なにそれ美味しいの」と言うかのごとく、音がゆがんでいても聴いていて楽しい音を鳴らす機種もある。そんなくせ者を手にすると嬉しいんですよね。

例えば、「コスパ」。普通に買ったら10万円するものが、2万円ぐらいで楽しめる、とか。大手や中堅メーカーのモノもあれば、ニッチなメーカー、クラウドファンディング、海外サイト経由のものまで販路も様々です。

壁面に掛けられた大量のヘッドホン

“人と違うこと”の価値

普通とは違うもの、変わった体験ができるものに惹かれている。

より抽象的にいうと、ちょっとした創意工夫で得られる特別な知識や体験に喜びを感じているんだと思います。ゲームのプレイスタイルもそうなんですよ。

一周目は作り手の意思を尊重してプレイするのですが、二周目以降は何らかの縛りプレイをしたり、ゲームデザイナーの意図と反する遊び方をしてみたり。自分だけのルールで、ほかの人とは違う体験をしていることに気持ちよさを感じるんです。

「ほかの人と違うこと」に意味を見出しているのでしょうか?

そうかもしれません。子どもの頃、「変わってるね」という言葉は褒め言葉だと思ってたんですよ。人に「柿元君は変わってる」といわれても、嬉しかった記憶しかないので。でも大学生の時に、友人に「変わってるね」って言ったらイヤな顔をされて。そこではじめて「なるほど、変わってるは褒め言葉じゃないのか」と気付いたくらいでしたから。

これは、完全に両親のおかげかなと。私は比較的自己愛のある人間なんだと思います。自分の価値観が世の中の主流から外れていても問題ない。自分にとって大事なことは自分で決める。そんな考え方をしていても両親は私のことを認めてきてくれたので、自信を持てたんですね。呆れられたり、文句は言われますけどね(笑)。「ほかの人と違うこと」をずっと肯定し続けてきた人生だったんです。

そう捉えると、さきほどのヘッドホンも「モノ自体」が目的じゃなく、「違う体験をすること」が目的なのかも知れませんね。

かもしれません。同じようなことをあらゆるデバイス・メディアでやっていますから。たとえば、Windows機では膨大な数のソフトをインストールして試していました。数千単位です。いじりすぎてパフォーマンスが激落ちするので、ひどいときは1ヶ月に1回くらいクリーンインストールしていました。スマホアプリも記録に残ってるだけでも5,000以上インストールしてきたみたいです。

ゲームのコントローラーも色々試してますね。今は収納してるのも含めれば15個ぐらいありますが、これもゲームデザイナーの意図に沿って遊べるよう純正製品は抑えつつ、過去のゲームを楽しめるよう当時のボタン配置が再現されているものを確保したり、ボタンの挙動をカスタマイズ可能な機種で便利な使い方を模索したり、様々な“遊び”をもりこんだりしています。

壁面に掛けられた数々のゲームコントローラー

課題解決であり、クリアする感覚

コンテンツを楽しむことも、今お話しいただいた「違う体験をすること」も、深めるにはリサーチしたり、インプットしてトライアンドエラーを繰り返したりするなどが必要です。それなりに時間も力もかかると思うのですが、かなり意識的にやられているのでしょうか?

いや、息をするような感覚で。「それをしてない自分が想像できないからやっている」という状態かもしれません。それこそ、夢中になって歩きながら本を読んでいた頃と、本質は何も変わっていません。

今でも、行儀悪いなと思いつつ、たかだか数十秒や数分の隙間時間でも必ずデバイスを持ち歩いてしまう。少しでも隙間時間があれば、内容はその時々ですが、何かに目を通していないと気が済まないんです。

かつ、それをiPhoneでやるときもあれば、意図的にAndroidにしたりタブレットにしたり……と毎回持ち変えてるんです。なるべく違う環境に身を置くと、偶然性の高い体験ができるので。

単に「触れる情報」だけではなく「触れる環境」さえランダムにしているのは面白いですね。そこまでしてインプットを増やしているとも言えそうです。

それ自体が楽しいんですよね。「自分の知らない体験ができていること」にとても価値を感じている。だから、変化があれば真っ先に飛びつきます。たとえばPCやスマホに新しいOSがでたらすぐにアップデートしてしまいます。もちろん、場合によっては使いづらくなっていたり、バグが多かったり良くない変化に巻き込まれることもあるんですが、それも含めて経験したい。

ゲームをプレイする柿元さん

そうした特性は、仕事にも活きてますか?

直接的/間接的に活きているシーンはあると思います。

直接的でいえば、U-NEXTアプリは動画を視聴できるほぼ全てのデバイス、プラットフォームで利用可能なのですが、そのうちのいくつかは私の関与も大きいんですよ。日本に展開される前の状況を英語ニュースから掴んでいたり、様々なデバイスに数多く触れていて詳しいので、交渉窓口に立つことがあるんですね。

間接的には、社内外たくさんの人と会話する仕事をしていると、一次情報を大量に持っていることが役立ちます。相手にとって有益な情報を提供できると、良好な関係性を構築できますから。

あとは、今となっては役立ちませんが、就活というゲームとは相性が良かったです。企業研究をしたり、日経新聞やビジネス書を読んでインプットするのが全く苦ではなく。特に自分が好きな領域であればそれ自体がとにかく楽しくて。過去数年くらいのニュースやリリース、関連情報を当たり前のように目を通してざっくりは記憶していたので、面接官からも驚かれたくらい。でも、自分にとっては「それ自体が楽しい」だけだったので、不思議な感覚でした。

そのインプットは「日本の定額制動画配信サービス市場を徹底的に解説します」のnoteからも感じられますね。

noteで言えば、デスクにまつわるnoteを書いたことも同じ原理ですね。PREDUCTSの安藤さんの「ケーブル嫌いのためのデスク周りをスッキリさせるテクニック」を読んだことをきっかけに「自分はケーブルがないデスクを気持ち良いと感じてたんだ!」と発見して。そこから自分の環境だったらどうすべきかを徹底的に検証した末にできたものなんです。いろんな物をショッピングサイトで見ながら頭の中でシミュレーションし、形にしていきました。

今の環境は、仕事用はそのときのものを元にしつつ、趣味用を「ゲーム機をすっかり隠してしまえるのではないか」という仮説を形にしていったものです。PREDUCTSの「天板の裏に備えたレールに様々なモジュールを装着できます」というリリースを見た瞬間に、「この仕組みだったらデスク上に所狭しと並んでいるゲーム機を全部吊り下げられるんじゃないか?」と思いついたんですね。

ただ、このアイデアは当初PREDUCTSもあまり想像されていなかったようで。ゲーム機を想定したモジュールも当然存在しなかったので、「つまりこういうことですか」と話をすりあわせながら、プロトタイプパートナーとしていくつかのモジュールを一緒に形にしていきました。

近日発売予定のNintendo Switchマウントとゲームパッドマウント
近日発売予定のNintendo Switchマウントとゲームパッドマウント

「仕事用」での経験から「趣味用」へシームレスに繋がっていたような感じですね。

今回「仕事」と「趣味」と分けて話しましたが、脳の深いところではもはや区別がついてないんだと思います。全てが、ビジネス的に言えば「課題解決」、趣味的に言えば「クリアする」感覚。

どうやったら一番「楽」あるいは「効率的」、または「面白く」解けるかを考えているし、それ自体を楽しんでいる。結局、ゲームで遊ぶのと同じような力学なんです。

ありがとうございました。

部屋の全体像

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